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Carpe diem ~シンガポール留学記~

理系大学院生のシンガポール国立大学留学記。ときどきサイクリング。トビタテ!留学JAPAN第五期生

「変化」を求めて始まった、僕の留学

初めまして、kazです。
僕はいま大学院生ですが今年一年を休学し、留学を計画しています。
行先はシンガポール。その前に少しフィリピン。
詳細はおいおい説明していくとして、初めての記事は留学に目を向けたキッカケについて書きたいと思います。

まだ、どんな感じでブログを続けていくかという方向性が定まっていないので、少々煮え切らない部分があると思うけども、思うままに書いていきます。文章はあまり書き慣れていませんが、温かい目で見てもらえればと思います。

構成

1.自己紹介
2.フィリピン語学留学
3.間違った期待
4.外への意識


1.自己紹介

まずは簡単に自己紹介を

  • 岐阜県の西のほう(滋賀県の近く)の出身
  • 中学生時代に素晴らしい友人に恵まれる(yujiとt-MRKもその中の二人)
  • 中学二年生のときに「僕は日本人なんだから英語なんて必要ない」と言い放つが、担任に諭されて英語を学ぶことに目を向け、中学卒業時には英語がテストの得点源となる。ありがとう先生。洋楽をこのころから聴くようになった。
  • 高校はいろいろあったはずだが、あまり記憶がない。
  • 紆余曲折をへて岐阜大学に入学、工学を学ぶ。
  • 大学一年生のときにロードバイクと出会い、サイクリストになる。山が好き、でも遅い。
  • 現在の専門は繊維強化複合材料という素敵な材料についての研究
  • 今は大学院二年生を休学中
  • いつの日かアイアンマンレース(スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km)に出場し、鉄人になるのが夢。

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2011年に購入した「GTR シリーズ 4」、コンポを105にしてまだまだ現役


 

では本題へ。

2.フィリピン語学留学

留学を意識したのは大学二年生になった春ごろ。
太田英基著の「フィリピン「超」格安英語留学」という本に出会い、これはすごいと思った。
著書によればフィリピンで「安く」、「手軽に」、「質の高い」英語留学ができるとのこと。

そのころ、大学で変化を欲していた僕には目からうろこだった。
とんとん拍子で、その年の夏休みを利用して4週間フィリピンで過ごすことに。
フィリピンの語学学校では学校の寮に寝泊まりし、昼間はマンツーマン授業orグループ授業、夜は寮の仲間と語り合う生活を送った。シャイなボーイだった僕は、リスニングはできるけど言葉が出ない、
そんなもどかしい気持ちで毎日過ごしていた。そこそこコミュニケーションできるようになったかな、と思い始めた頃には4週間が終わろうとしていた。

自然と、「また来よう」 と思った。

自分が思っていたより簡単に国境は越えられたし、命とお金さえあればなんとかなることも分かった。
(もちろん学校内外での安全や食事などの保証はある程度されていたけど...)
なにより、学校に集まる人たち(主に日本人と韓国人)の多様さに驚いたし、本当にもう刺激的だった。

フィリピンに行く前に「大学で変化を欲していた」と書いたが、まさにその「変化」を感じることができた。
自分が変わっていくのがなんとなくわかったし、世界に対する認識も少しずつ変わり始めた。
語学学校に4週間行ったくらいで、何がそんなに...と言われてしまいそうだが、人生にはときどき期待以上の収穫があるイベントがあるのだと、僕自身が驚いたものだ。


3.間違った期待

そもそも、なぜ「変化を欲していたか」を説明したい。
結論からいえば僕は、大学に間違った期待をしていたのだ。

「大学に行けばそれはもうキラキラした生活が待っていて、やりたいことも見つかるし、同志とともに学びを追求していくんだ」
などと、妄想していたのは高校三年の冬。

入学して少しすると、そんな妄想ははかなく否定された。
「やりたいこと」は向こうからやってこないし、「同志」もそんなに簡単に見つからない、「キラキラした生活」なんてドラマの話だ。僕は受け身のお客様気分で絵空事をいっていたわけだ。強烈な肩透かしを食らったような気分で(自分が間違っていたのにもかかわらず)、それからの日々を過ごしていた。

そんな日々でも、少なからず友達ができ、バイトを見つけ、少しは大学生っぽい生活をしていた。
でも、なにか物足りない。

大学一年の冬頃、一部の同級生たちは「このままいけば、就職には困らないし、まだまだ遊べるな」というような安堵感に似た雰囲気に包まれているようだった。思えばこのころに、海外(留学)についての話題を大学の友人と共有した記憶がない。

僕はこの、閉塞感のある停滞した思考のままではいけないと、なんとなく思い始めていた。
もちろん僕もそれなりに怠惰であることは自覚しているし、当時もそこまで規範的な生活はできていなかったと思う。けれども、何か変えたい思いはくすぶっていた。

そんな中、目にしたのが「フィリピン語学留学」について。
語学留学なんてアメリカやカナダに行かないとだめだし、そもそもそんなお金ない、と勝手に思っていたが、先述の著書や情報サイトを参考に、説明会などに足を運んだことで、一気に現実味を帯びることになったのだ。(フィリピン語学留学の良さについては今後触れたいと思う)

 

4.外への意識

フィリピンから帰国した僕は、以前より、外への意識が強まった。
好奇心を持って、いろんな価値観を知りたいと、追求するようになった。
もはや、「受け身のお客様気分」ではない。フィリピンにいってよかったと切に思う。

グローバル化の時代」なんて言い古されてしまった気もするが、その波はすでに僕たちの世代を飲み込んでいる。TOEICの点数で一喜一憂している場合ではないのだ。本当に。
もう、世界中の人たちを仲間に(またはライバルに)して生きるときである、と思っている。
そんな中、同級生の就職先が続々と内定しているのを聞くと、早く働きたいなぁと思う瞬間がある。
しかし、僕はみんなができない経験をすることができるのだ。
もっと大きな「変化」をもたらしてくれる経験をだ。

フィリピン語学留学から4年、しばらく海外から遠ざかってしまっていたがチャンスが再び巡ってきた。
今年はの夏はいつもよりずっと長く続きそうだ。